母乳で育てるという事

母乳で育てるという事

今回から母乳についての話を書いて参ります。といっても、私の情報は母乳育児そして自宅出産を推奨する助産師さん達から指導頂いたり、母乳育児には欠かせない私の虎の巻「おっぱい110番/著 平田喜代美」によるもの、そしてそれらを実践する事で得た経験・体験によるものです。母乳そして育児については、本当に色んな情報が溢れすぎてて、どれを、何を信じたらいいの?と混乱しているママ、母乳がでない、と嘆き悩みながらミルクを与えている方も少なくないと思います。


 私の経験から言えるのは、「母乳が出ない」のではなく、「母乳が出る為の方法」を知らないだけなのではないかと思います。勿論、以前にも書きましたが、病気や何かしら事情があって母乳を与える事が出来ない方も中にはいらっしゃるかもしれません。しかし、特別な場合を除いて、母子ともに元気なのであれば母乳は出るものと思っています。驚く程に、母乳を出す為の正しい情報が少なすぎる現実が、少しでも変われば。*にーにゃの読者様で将来子を産み、育てる際に知っておいてもらえたら。また、二人目三人目を母乳で育てたいと思っているママさん読者様への参考になれば…。「もう子供は成長したから、私は関係ない」と思っている方も、もし、娘さんやお嫁さん等、周囲で妊娠・出産する方がいて悩んでいた際にアドバイス出来たらなら…そう思っています。母乳については、一番書いて伝えたいと思っていた事なので、シリーズが長くなると思いますが、お付き合い頂けると幸いです。

■日本では古来から受け継が れていたはずの母乳哺育

 前振りが長くなりましたが、皆さんは、母乳で育てる事が母子にとって一番良い方法であるのに、なぜ現在の様に「赤ちゃんにはミルクを」が当たり前になったのか、疑問に思った事はありませんか?
 そこから紹介して参りたいと思います。
 昭和30年代前半迄、出産は産婆さんが家に来て、家族の手を借りながら自宅で行われていました。生まれるとすぐに母親の布団で一緒に寝て、泣いたらおっぱいをあげ、再び眠りにつき、また泣いたら…が日常であり、日本には母から子へと古来から受け継がれてきた「母子一体、母乳哺育」の歴史と伝統がありました。
 明治の文明開化で西洋文化が入ってきたのですが、著しく「母子分離、ミルク育児」が普及したのは日本が戦争に負けてアメリカ文化が一気に流れ込み、全てが「アメリカナイズ」されていった頃。日本が経済大国の道へ突入していった事と大きく関係しています。
 出産そして育児についても「アメリカ文化」のご多分に洩れず、昭和35年頃以降、自宅出産から病院分娩へと移行していきました。病院で出産した赤ちゃんはすぐに「新生児室」に、母親は「褥室(産後の母親が休む部屋)」へと引き離され、母親には出産の労をねぎらい、ご褒美の様に高カロリーの「ご馳走」を出され、ゆっくり休まされる様になりました。
 その間、新生児室へ集められた赤ちゃんは誕生8時間後に糖水を与えられ、状態が良ければ3時間毎に哺乳瓶でミルクを与えられ、三日目位に母親と対面して初めて母乳を吸わせるというシステムが作られました。 (続く)
(*にーにゃ編集長jeek)

参考文献/「おっぱい110番」たま出版刊 平田喜代美 著

2008/06/09